October 2011
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ここでは歩くことが、祈りそのものである。歩き続けることは、祈り続けることである。旅の原型が巡礼にあるとすれば、ボダナートのストゥーパのまわりを歩行するという身ぶり...
– 『For Everest ちょっと世界のてっぺんまで』石川直樹
April 2011
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桃太郎の話で、川に桃が流れてきたというのは、じつは玉子である。玉子だから、なかから赤ん坊が生まれてきたのである。妄想をたくましくすると、あの桃は赤児をはらんだ玉子...
– 「温泉玉子の冒険」嵐山光三郎
February 2011
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わたしたちはいつだって誰かの目をあざむいて何かをやった気になっていた。それはつまり誰かがわたしたちをいつも見張っているということで、ということはつまりわたしたちは...
– 「何も必要としない何か」ミランダ・ジュライ
学生運動はその当時とても大きなムーブメントだったし、やはりその影響はあると思います。それは僕に「言葉への信頼の喪失」みたいなものをもたらしたかもしれません。どんな...
– 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』村上春樹
January 2011
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一冊の本はこれからもその役割を失わずに、自分の生を支えてくれるだろう。ページをめくって文字を追う。そこから広がる世界には、過去も未来も含めた限りない未知の荒野が続...
– 「歩き続けるための読書」石川直樹
December 2010
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October 2010
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夜が淋しくて誰かが笑いはじめた
– 住宅顕信 (『三つかぞえて 日常の俳句』より)
世界は地図の上にあるのではなく、地図が世界の上にあるのだ。四角い紙の上にあらわされた世界の端と端は本当に繋がっている。森は息を吸い、海は常に動いている。そんな当た...
– 『全ての装備を知恵に置き換えること』石川直樹
August 2010
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知っている人も 知らない人も
皆んなおやすみなさいませ
– 「山の小屋から」木葉童子
一人でいるのは賑やかだ
誓って負けおしみなんかじゃない
一人でいるとき淋しいやつが
二人寄ったらなお淋しい
おおぜい寄ったなら...
– 「一人は賑やか」茨木のり子
たとえば、物を集めることに対して、中毒とか、病的という言い方をする人が多いけれど、それは大抵、家族や周りの人に言われるからで、今、道を歩いている人を見ていても、自...
– 「ボニーさんの古本屋」(『暮しの手帖 46号』より)
April 2010
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第十三段
ひとり、燈のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなり。
文は、文選のあはれなる巻々、白氏文集、老氏のことば、南華の篇。この国の博...
– 『徒然草』兼好法師
March 2010
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「家の中で夏休みの宿題をやったんじゃ、」と、ティティがいった。「ほんとうの夏休みの宿題とはいえないわ。それじゃあ、学校のあるときの宿題とおなじよ。」
– 『ツバメの谷』アーサー・ランサム
February 2010
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此所で、男の子が学校に出した「熊」といふ作文の冒頭を写してみる。
「熊にはひ熊、月輪熊、白熊、マレイ熊等あるが家にいる熊は熊でない熊だ。熊とは犬の名前である。熊と...
– 「クマ」志賀直哉
犬の声は、吠えられる当人を、住居のない浮浪者か、追われるカッパライか、悪い企てを隠している紳士であるかのように感じさせる。ケンニンジ垣のかげの中庭で、犬がケンケン...
– 「犬と私」伊藤整
花のひらくやうに
おのづから、ほのぼのと
ねむり足りて
めざめる人
その顔幸にみち、勇にみち
理性にかがやき
まことに生きた光を放つ
ああ痩せいがんだこの魂よ
お...
– 「花のひらくやうに」高村光太郎
December 2009
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何冊かの本が、ひとりの女の子の、すこし大げさにいえば人生の選択を左右することがある。その子は、しかし、そんなことには気づかないで、ただ、吸い込まれるように本を読ん...
– 『遠い朝の本たち』須賀敦子
November 2009
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先生は歩きながら考えるんですか、とN嬢がきく。いや何も考えない、と私は答えた。何も考えないようになるために私は歩く。
– 『歩きながら考える』矢内原伊作